「隣に引っ越してきた家族は、アフガニスタン難民だった」実体験から国連安保理の“拒否権”改革へ挑む!関西学院大学に合格!
「難民問題」と聞くと、テレビの向こうの出来事のように感じる人が多いかもしれません。 しかし、堀口さんにとっては、それは「お隣さん」の現実でした。
近所に引っ越してきたアフガニスタン人の家族。彼らが背負う過酷な過去と、「帰りたくても帰れない」現状を目の当たりにした時、彼女の心に火がつきました。 「かわいそう」という感情だけで終わらせず、「なぜ国連は戦争を止められないのか?」という国際政治の核心(拒否権問題)にまで思考を深め、見事合格を勝ち取ったストーリーを紹介します!
教科書ではなく、隣人が教えてくれた「戦争の痛み」
堀口さんの運命を変えたのは、近所に引っ越してきたアフガニスタン難民の一家との出会いでした。 「親戚を目の前で亡くした」「他の家族の行方は分からない」。 彼らから直接聞く言葉は、ニュースとは比べ物にならない重みがありました。
彼らは言いました。「いつか故郷に戻って、国を変えたい」。 しかし、現実には政治や民族の対立が根深く、帰ることは叶いません。 「戦争や迫害さえなければ、この人たちは難民にならずに済んだのに」 この強烈な原体験が、彼女を国際政治の世界へと突き動かしました。
「ガザ停戦決議」の衝撃。国連の限界に切り込む
彼女の凄いところは、難民支援を「物資を送るボランティア」だけで終わらせなかった点です。 「難民を生まないためには、戦争を止めなきゃいけない。でも、なぜ止まらないの?」
彼女が注目したのは、国連安全保障理事会の「拒否権」の問題でした。 例えばガザ地区の停戦決議案。15カ国中14カ国が賛成しても、たった一国(アメリカ)が拒否権を使えば否決されてしまう現実。 「一国の反対で、多くの命が危険にさらされるのはおかしい」 彼女は、単に「廃止しろ」と叫ぶのではなく、「行使するなら説明責任を義務付ける」「人道危機の場合は制限する」といった具体的な改革案まで提言しました。この「感情と論理のバランス」が、総合政策学部の教授陣に響いたのです。

イスラエル大使になりきって知った「正義のぶつかり合い」
高校2年生の時、彼女は模擬国連に参加し、「イスラエル大使」の役割を担当しました。 パレスチナ問題を扱う中で、彼女は気づきます。 「イスラエルにも、旧約聖書に基づいた譲れない土地への思いがある」
一方的にどちらかが悪いわけではない。お互いに譲れない「正義」があるからこそ、外交は難しい。 この難しさを肌で感じたからこそ、「力(軍事)」ではなく「外交と制度(国連改革)」で解決したいという彼女の志は、より強固なものになりました。
4. 関西学院大学で「国連のリアル」を学ぶ
彼女が選んだのは、国連との結びつきが強い関西学院大学。 「国連セミナー」でニューヨークに行き、現役職員と議論すること。そして、元外務省や元UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の教授たちから、現場のリアルを学ぶこと。 彼女の未来予想図はすでに明確です。
将来は外務省や国際機関に入り、お隣のアフガニスタン家族のように苦しむ人を、制度の力で救う。その第一歩がここから始まります。
「お茶の間の会話」を「国際会議の議題」に変える力
半径5メートルの優しさを、地球規模のシステム改革へ
堀口さんの合格ストーリーが教えてくれるのは、「日常の出会いこそが、世界を変えるきっかけになる」ということです。

彼女は、隣人の悲しみを知った時、「何かあげよう」ではなく「国連のルールを変えよう」と考えました。 普通なら「高校生には無理だ」と諦めてしまうような大きな壁(拒否権問題)に対して、真っ向から挑む姿勢。 「半径5メートルの近所付き合い」から、「ニューヨークの国連本部」まで視点を飛ばせる想像力。 それこそが、彼女だけの武器であり、大学が求めていた「政策を立案できる人材」の姿でした。
堀口さんはきっと、感情論に流されない、けれど誰よりも人の痛みがわかる外交官になるはずです。
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